山下ふみこオフィシャルブログ

2015.07.31

高尾山古墳と御神木

高尾山古墳の墳丘周辺には御神木と思われる大きな樹木が伐採され、根を残したまま立ち枯れたままになっている。
関東方面の神社関係の方から連絡が入り、移転した二つの神社、熊野神社と穂見神社や御神木についてお話を承る機会を得る。
その方は古墳より、神社や御神木について語って下さった。ここでは誤解を招くことにもなるので言えないが、やはり私たちは今回のことをきっかけに、神や命に対する感謝や畏怖・畏敬の念を忘れてはいけないと思う。

高尾山古墳が全国放映されたことによって、多くの方から御神木について心配の声があがっていた。それで、許可を得て墳丘周辺の木の状況を見てもらう。

このクスノキは南に面している幹は、日差しで乾燥して樹皮がなくなり再生は無理だが、北側からは見事に芽吹いてきている。

シイノキも同様に、出ている根に土をかぶせることで今なら木は生き返るという。しかし、このような幹の切り方を普通はしないという。無残な切り口である。

根がむき出しになっていても御神木と思われる木の生命力は強く、大半の根は枯れているが、再生してきている。

しかし、このままだと根が乾燥してしまうので、土を今までかぶせてあった処までかぶせることで再生するという。

常緑広葉樹のタブノキも同様に今また生命を吹き返している。

このクスノキを見るたびに胸が痛くなるという人が多くいる。根の周囲は4mはある、樹齢500年以上ではないかと言うこの御神木は既に枯れてしまっている。このままだといずれ崩れてくるだろうという。

神木(しんぼく)は神体のこと。神社の境内にある神体としての木、その周りを囲む鎮守の森や伐採をしないとされる木を指すらしい。
神社によっては社を持たず、神木をそのまま神体として祀っているところもあり、また神社はなくとも自然そのままにある神木が多くの信仰を集めている場所もあると言う。
このように陽射や風雨にさらし続けているこの無残な状況に、何とか生き返らせて欲しいという声に、どうしていいのか、成す術がないまま・・・でも、このままでいい訳がないのは誰でも分かっているのだが・・・
御神木を守ることはできないのだろうか。

ある方から
「・・・やはり古墳と神社は先人の思いと神様のお気持ちが重なり合っている場所だと沼津の事を思いながらしみじみ実感しました。
是非頑張っていただき良い方策で解決される事を願って止みません
。 」

2015.07.31

高尾山古墳保存について議員への回答書

市議6人が市長へ高尾山古墳の保存に向けて申し入れを行った(7/6)それに対する回答が(7/30)あった。市長は私たち議員6人の申し入れについても、高尾山古墳の件に関しては誰とも会わないことを明言していることから、私たち議員の申し入れについても秘書室長に手渡すことになった。

しかし、今日の回答についても、下記に添付をしたことでお分かりのように、これが議員6人に対する市長の回答と言うのでは、あまりにもひどいものである。本当に市長の回答なのかと疑いたくもなる。

また回答書もさることながらその対応についても、当初、回答書を広報公聴課が1人の議員に届けに来たらしい。そこで、ある議員が我々議員に対して、その回答対応は何事かと怒り、回答書を受け取ることを拒否。再度6人の議員全員が集まった中で、企画部長、教育次長、建設統括監、広報課長、市民相談センター所長が対応をし、回答書に対する説明と質問の場を設けることになった。

私たち市長与党ではない議員に対して、このような差別的待遇を受けることがたまにあるが、仕方がないと諦めることもあった。しかし、今回この対応に毅然とした態度で抗議した先輩議員の姿勢に対して、やはり、議員一人ひとりは市民の負託を受けているわけで、その市民の負託に対して、責任と誇りを持つべきであると再認識をする。

8月のお盆明けには協議会を持つという市長の記者会見発言に対して、その手順や考え方について質問をしたが、未だにその内容について確固たるものがない状況であり、最終的には市長の政治的判断に成るわけである。

しかし、この協議会を単なるアリバイ作りにさせないために議員としての責任は重い。
市民の思いを反映させた協議会になるように、その行方について、しっかり注視し公正なものにしなくてはならない。

下記が申し入れ書、そしてその下が今回の回答書である。(クリック→拡大)

市長要望書

2015.07.26

高尾山古墳/道路の両立

7/26(日)13:00~沼津市の高尾山古墳の保存と道路事業の両立を巡って、TBS・噂の東京マガジンが7月ごろから取材に来ていました。今日放映されました。
全国放映されるほど、この問題が国宝級の古墳だということです。
高尾山古墳の王は邪馬台国の卑弥呼と同じ時代を生き、対抗勢力だった可能性もあると言われています。
将来に向けて、残しておけば新たな歴史的史実が解明され、日本の教科書を塗り替えるかもしれません。1800年間も残されてきたこの古墳を、人間界の都合で壊していいものかどうか。


経済社会は刻一刻と変わっていく中で、持続可能な社会を創り上げていくことは、「歴史と文化を大切にする」普遍的な価値を大切にすることから始まります。

そんな「まちづくり」こそ沼津の歴史と風土の下に培われてきたのではないでしょうか。原点に立ち戻ることが、このまちの生き残る術にもつながっていくと思っています。

後世に誇れる決断を!!

2015.07.16

高尾山古墳の保存を求めて県教育長へ

7/16、今日は生憎の豪雨予報の中、静岡市でも雨が時折激しく降ったり、止んだりしている。
昨日に続き、今日は静岡県教育委員会・教育長へ高尾山古墳保存の要望書を手渡すために市民団体の代表3名は県庁へ向かった。

ここでは報道陣も一緒に教育長室への取材も許された。
3代表者は教育長へ要望の趣旨を説明し、直接手渡すことができた。また、取材においては担当部局からはご配慮いただき恐縮する。昨日の対応とは全く違うこの差は一体何だろうと素朴な疑問を持たざるえない。

廊下でインタビューを受け、その後、エレベーターまで職員に見送って頂いた。
外は大雨だったが、タクシーを拾うことができず、濡れながらも電車が止まらないうちにと足早に駅に向かった。
一同、県の対応に感謝しながら、行った甲斐があったとホッと胸をなでおろし帰宅の途に就いた。
(下記は教育長へ渡した要望書クリック→拡大)

2015.07.15

高尾山古墳の保存を求めて市長・教育長へ

今日7/15、高尾山古墳の保存を求める3団体の代表が市長と教育長へ要望書を届ける。市長は高尾山古墳についてはどの団体とも会わないと言う方針から、政策企画課秘書室・室長に手渡した。

今回の申し入れは、市内の文教関係者等の方々が高尾山古墳を保存する賛同人として28名が名前をあげて下さっている。この申し入れには間に合わなかったのですが、今も市内外から賛同の意を表明して下さっている多くの方がいる。

次に向かったところは、7階の教育委員会事務局。教育長へ手渡すはずが、前日になって会わないことになり、急遽、教育企画室・室長に手渡すことになった。それも廊下で手渡すことに・・・何と市民に対するこれが教育委員会の対応か・・・


日程も時間の指定も教育長の都合に合わせたにもかかわらず、突然、前日の夕方になって電話があり「会わない」、「ではいつだったら会えるのか」の質問に対しても、「会わない」では市民に対して何の説明にもなっていない。
高尾山古墳を守る市民の会に対して、会わない、会えない理由とは何なのか。
本来、教育委員会として文化財を守るべき立場の教育長が、古墳を守りたいという市民団体の思いを、自ら閉ざしてしまう行為は、その責務を放棄したと言われても弁明の余地はないだろう。

今回の対応にも関わらず、3団体の代表者たちからは、何一つ行政に対する批判がなかったが、私としては市の対応は残念の極みである。

文化財保護法には
政府及び地方公共団体の任務
第三条  政府及び地方公共団体は、文化財がわが国の歴史、文化等の正しい理解のため欠くことのできないものであり、且つ、将来の文化の向上発展の基礎をなすものであることを認識し、その保存が適切に行われるように、周到の注意をもつてこの法律の趣旨の徹底に努めなければならない。
つまり、文化財保護は行政の任務であると法律に示されている。

次に沼津市教育長に対する事務委任規則がある。

教育委員会に属する権限を教育長に委任するか否かで、誰に権限があるのかが変わってくる。この規則は、文化財に関することは教育長に委任するとは書かれていない。さらに規則の冒頭には、「但し、重要と認められるもの、異例に属するもの等については、教育委員会に権限があると解釈される。(以下規則)

教育長事務委任規則

教育長は委員会の席で、「文化財の保護に関する権限は自分にある」と答弁している。しかし、この規則には、重要と認められることは、教育長ではなく教育委員会にあると解釈できる。

しかし、教育長の答弁をそのまま受けるとするなら、なおさらのこと、市民団体が古墳の保存を望んで教育長にお願いがあるので、その思いを聞いて欲しいと言ってきているのです。
賛成とか反対ではなく、市民の思いや要望に対して、会わないということが基本的な姿勢だとはまさか言わないと思っていたのだが、土壇場でのこの対応は本当に残念としか言いようがない。

会わない理由を市民に対して、どう説明がつくのだろう。
私は多数者からこぼれた少数者のいろんな意見に耳を傾けていく、そして、合意形成を図っていく、それが政治に関わるものとして本来の姿であり、教育者としても根本的な姿勢であると思う。

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